真夏のNHKホールに響いた4人の「ぼくはおまえを愛している」
放送部の甲子園NHK杯の朗読部門決勝、異例の事態が起こった
放送部員にとっての甲子園「NHK杯全国高校放送コンテスト」の決勝は、紅白歌合戦の舞台として有名なNHKホールで行われる。
NHKホールという舞台で朗読できるのは、5000人を超える参加者の中から10人だけだ。
今から9年前の第55回大会での朗読部門の決勝で異例の事態が起こった。
決勝進出者10人中、4人が同じシーンを読んだのだ。
切り取り方が一文多い・少ないなどの若干の違いはあるが、もろかぶりと言ってもいい。
NHK杯の朗読部門では毎年5冊の作品が指定され、そこから2分間で読める部分を抽出して朗読する。
そのたった2分間が10人中4人、決勝でかぶった。
もちろん、朗読しやすいシーンや魅力的なシーンを多くの人が選ぶのだから原稿がかぶること自体は珍しくない。
だが、決勝でここまで同じシーンが読まれることは異例であった。
そのシーンは梶井基次郎作『雪後』の一場面だ。
ロシアの短編小説として出てくる。
作品の中の作品という一癖ある設定にも関わらず、なぜこぞって読みたがったのか。
その答えは決勝の舞台を見た人間なら誰もが理解できた。
このシーンには印象的な言葉が二度出てくる。
「ぼくはおまえを愛している」
雪すべりをする少女と少年、そしてこのセリフは少年の少女への愛の告白…、と解釈できる(少年がこのセリフを発していないとする解釈もある)。
暑い夏の日の静まり返ったNHKホールに、4人の高校生の「ぼくはおまえを愛している」が響いた。
同じセリフでも色が違い、音が違い、表情が違う。
ただ共通していたのは、その声がみな若くまっすぐで透き通っていたことだ。
高校生なりの「ぼくはおまえを愛している」は、きっと日本中で行われた予選大会でも、多くの審査員の心に響いたであろう。
「愛している」という言葉、しかも雪景色でのウブな少年と少女のやりとり…、こんな「萌える」シーンそうそうない。
セリフではないが「ぼくはおまえを愛している」と聞こえた時の少女の
「胸がドキドキした。」
という描写もたまらなく愛おしい。
近代小説にだって「萌え」はある!
ひねりのないまっすぐな文章は、いつだって人の心を揺さぶる。
決勝が終わって、この異例の事態に様々な解釈があったが、私が一番納得したのは「人は『愛している』と言いたいし、言われたい」という結論だ。
何より「ぼくはおまえを愛している」と、自分なりの声で聞き手に伝えようとする4人の姿は美しかった。
努力によって夢を叶え、大舞台で朗読するという恐怖と戦いながらNHKホールで堂々と「愛している」と語りかけるあの4人の姿を思い出すと、今でも泣きそうになる。
全力で表現に打ちこむ高校生の姿に、その時限りの儚い美しさを感じたせいかもしれない。
もしくは「愛している」と言いたい・言われたいからかもしれない。
「愛している」という言葉も、あの時の4人の姿も、ひたむきで美しく強い。
このときの2分間の4人の朗読は胸が苦しくなる痛い快感と共に、私を勇気づけてくれる。