自信がない時今までやってきたことを信じるには
あなたがやっていることに「神様」はいますか?
1.本番で実力を発揮できなかった
高校時代の部活動で私は本番に弱いタイプでした。
人一倍練習しているのに、いざ本番となると縮こまってしまい実力の6割を発揮できるかどうかという程度でした。
顧問から「ここまでやってなんで自信が持てないんだ!?」と何度も本番前に怒られました。
あとは腹を据えてどんなに下手くそでも前向いて堂々とすればいいだけなのに、なぜそれができない?と。
それは私の中に「自分なんてどうせ…」という思いがあったからです。
2.神様に祈ろうと思った
本番に弱い私ですが、三年間の部活動生活の中でたった一度だけ、腹を据えてどっしりと構えて本番に臨めたことがあります。
それはとても不思議な体験でした。
本番直前、ふと、神様にお願いしようと思ったのです。
もし朗読(私は放送部でした)の神様がいるのなら、
その神様にお願いをしようという今まで考えたこともなかった想いが、自分の中から立ち上がりました。
宗教とかではなく、
勝利の女神というかそんなものに対してへの想いです。
でも、絶対に朗読の神様はいる、とその瞬間なぜか心から信じられたのです。
そして「これから先の人生の全てを捧げるので、どうか良い朗読をさせて下さい。それさえ叶えば私の人生はもう何もいりません」と、とても純粋な気持ちでお願いしました。
3.神様に祈って得た結果は最高のものだった
結果は、全国優勝。
その後私は部活動の過酷さで身も心もボロボロになってしまいました。
ですが「あの時朗読の神様と約束したんだから」と耐えることができました。
結果のためなら何もいらないと願い、いるかどうかわからない神様はそれを叶えてくれた。
今苦しいのはその代償なのだと思えば、苦しみなんて全国優勝のありがたさには敵いません。
4.誰にでも神様はいる
何か一つのことを極めようとした時、自分の力以外のものを信じることは実は大切なんじゃないかと思います。
信じる気持ちに嘘や甘えや迷いがなければ、その信じる気持ちは必ずあなたの背中を押してくれるからです。
私の場合は朗読の神様でしたが自分の限界まで何かに打ちこむと誰でも、ふと神様を感じる瞬間があるのではないでしょうか。
それは日常的なものではなく、無我の境地というか極限まで自分を追い込んで喉から手が出るほど欲しいと思うものがあった時に訪れる、不思議な体験です。
あなたは神様に触れたことはありますか?
勉強の神様、スポーツの神様、芸術の神様、仕事の神様、なんでもありです。
努力の限界に達した時、見えざる力が動いたのを感じる瞬間がきっとあるはずです。
とても不思議で忘れられない体験なので、どうしても書きたかった話でした。
あなたの今やっていることでも努力を重ねて突き詰めていけば、神様のような見えない力があなたの背中を押してくれるはずです。